| ディアラ/Mahamadou Diarra |
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マリ代表のミッドフィールダー(メディオセントロ)。テクニック、スピードと強靭なフィジカルを持ち、嘗てレアルマドリードでプレイしたマケレレ・タイプ。ディフェンダーの前でプレイ、殆どポジションを奪われることはありません。
また、相手陣内にも攻め込み、得点能力もあります。”汚れ役”の仕事ですが、ファウルはそれほど多くなく、カードも殆どありません。2006年−2007年のシーズン、フランス・エールディビジョンのオリンピック・リヨンからレアルマドリードへ移籍。2007年10月、コトヌー協定でEU域外選手の枠から外れました。 |
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| Curiosity |
ディアラは、常に、駆け足でキャリアを登りつめて行きました。弱冠16歳で代表デビュー。フィテッセ時代の監督、クーマンは父親代わり。電話連絡を取ってます。マリのスター選手だったジラとプレイスタイルが似ているためマリでは”ジラ”と呼ばれています。レアルマドリードでは4人目のアフリカ出身の選手。[2006年6月]
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| 1998年−1999年 |
地元バマコのストリートがディアラのサッカーの原点。1993年、友人がテストを受けるためサリフ・ケイタ・スポーツセンターへ連れて行きました。そこでサリフ・ケイタがディアラに注目。(サリフ・ケイタは、1970年に第1回アフリカ最優秀選手賞を受賞。1973年から1976年までバレンシアでプレイ。)ケイタの下でディアラはボールの扱い方を学び、フィジカル的にも成長して行きました。
1998年、17歳の時に渡欧。OFIクレタ(ギリシャ)とプロ契約。1999年4月3日から24日までナイジェリアで行なわれた世界ユース選手権でU20マリ代表に招集。4月21日、準決勝でカシーリャスがいたスペインに1対3で敗れました。4月24日、3位決定戦でウルグアイを1対0で下しました。1部リーグで21試合に出場(2得点)。ロナルド・クーマン(後にフィテッセの監督)が注目。
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| 1999年−2000年 |
フィテッセ(オランダ)へ移籍。オランダのサッカーに馴染まず1部リーグで16試合に出場(2得点)。
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| 2000年−2001年 |
フィテッセでプレイ。クーマン監督の指導の下、頭角を現しました。1部リーグで29試合に出場(4得点)。
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| 2001年−2002年 |
フィテッセでプレイ。2002年1月19日から2月10日までマリで開催のアフリカネーションズカップでマリ代表に招集。マリはグループ2位で準々決勝へ進出。2月7日、準決勝でカメルーンに0対3で完敗。2月9日、3位決定戦でナイジェリアに0対1で敗れました。ディアラは6試合に出場。1部リーグで24試合に出場(3得点)。
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| 2002年−2003年 |
2002年、5年契約、移籍金380万ユーロでオリンピック・リヨン(フランス)へ移籍。11月12日、チャンピオンズリーグ・グループステージ最終節でローゼンボリと痛恨の引き分け。グループ3位でUEFAカップへ回りました。ディアラは5試合に出場。12月12日、デニズリスポルに0対1敗れてUEFAカップ3回戦で敗退。リーグ・アンで28試合に出場(1得点)。リヨンはリーグ2連覇を達成。
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| 2003年−2004年 |
オリンピック・リヨンでプレイ。2004年1月24日から2月14日までチュニジアで開催のアフリカネーションズカップでマリ代表に招集。マリはグループ首位で準々決勝へ進出。2月7日、ギニアとの準決勝でロスタイムに決勝ゴールを記録。2月11日、準決勝でモロッコに0対4で完敗。2月13日、3位決定戦でナイジェリアに1対2で敗れました。キャプテンのディアラは6試合に出場(2得点)。
4月7日、チャンピオンズリーグ準々決勝でポルトに2対4(2試合合計)で敗れました。ディアラは10試合に出場。リーグ・アンで27試合に出場(1得点)。リヨンはリーグ3連覇を達成。
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| 2004年−2005年 |
オリンピック・リヨンでプレイ。2005年4月13日、チャンピオンズリーグ準々決勝でPSVアイントホーヘンにPK戦の末に敗れて再びベスト8で大会を終了。ディアラは9試合に出場(2得点)。リーグ・アンで33試合に出場(2得点)。リヨンはリーグ4連覇を達成。6月、アトレティコ・マドリードが関心・・・
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| 2005年−2006年 |
オリンピック・リヨンでプレイ。マリはワールドカップ・アフリカ2次予選でグループ5位に終わりました。3月、ディアラの代理人がレアルマドリードと接触・・・4月、レアルマドリードが関心・・・4月25日、ミランとのチャンピオンズリーグ準々決勝第2戦でジダからゴールを奪うもののチームは1対3で敗れて再びベスト8で大会を終了。
5月、オリンピック・リヨンとマンチェスター・ユナイテッドが移籍金3,000万ユーロでの移籍で合意。ディアラはマンチェスターへの移籍を拒否。リーグ・アンで31試合に出場(3得点)。リヨンはリーグ5連覇を達成。
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| 2006年−2007年 |
オリンピック・リヨンでプレイ。2006年8月4日のナントとのリーグ開幕戦に出場。8月18日、オリンピック・リヨンとレアルマドリードがディアラ移籍で基本合意。契約期間は5年間。移籍金は2,600万ユーロ。8月22日、メディカル・チェックと入団発表。8月23日、全体練習に初参加した後、アンデルレヒトとのベルナベウ杯でデビュー・・・21番で選手登録。8月27日の1部リーグ第1節のビリャレアル戦でスペインリーグでデビュー・・・
9月1日、背番号6番に変更。9月23日の1部リーグ第4節のベティス戦で決勝ゴールを記録。初ゴール・・・11月14日のコンゴとの親善試合に出場。11月18日の1部リーグ第11節のラシン・サンタンデール戦で1ゴールを記録。12月17日、カッサーノと共に監督批判。(レクレアティーボ戦で招集メンバーから外れる)2007年2月6日のリトアニアとの親善試合に出場。決勝ゴールを記録。
3月25日のアフリカネーションズカップ予選のベニン戦に招集。アフリカネーションズカップ予選のベニン戦(6月3日)とシエラ・レオーネ戦(6月17日)でマリ代表に招集。6月17日の1部リーグ第38節のマリョルカ戦で決勝ゴールを記録。リーグ優勝に貢献。
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| 2007年−2008年 |
2007年7月21日、バルデベバスでプレシーズンを開始。7月22日からのイルドニング合宿に参加。2007年10月、コトヌー協定でEU域外選手の枠から外れました。2008年1月20日からガーナで開催のアフリカ・ネーションズカップに出場。5月4日、1部リーグ第35節のオサスナ戦でリーグ2連覇を達成。
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| 2008年−2009年 |
2008年7月21日からのイルドニング合宿に参加。
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