| カルデロン/Ramon Calderon Ramos |
 |
ラモン・カルデロン・ラモス氏は、1951年5月26日にパレンシア(カスティーリャ・イ・レオン)で生まれました。ナバーラ大学法学部を卒業。1975年に弁護士資格を取得。翌年、マドリードで弁護士事務所を開設。
1980年代、闘牛士のパキーリがコルドバのポソブランコで負傷して亡くなった際の映像を商業化して権利侵犯で裁判になった際にイサベル・パントハの代理人を務めました。また、各企業の顧問を歴任しました。
カルデロン氏は3児の父親。1979年4月からレアルマドリードのソシオ。(ソシオ番号14878)また、ラス・ベンタス闘牛場のソシオであり、資本の5%を出資。サンイシドロ祭でカシーリャスと観戦しているところが目撃されました。 |
1991年の会長選挙の際、アルフォンソ・ウッシア候補の副会長として選挙戦に挑みましたが、現職のメンドーサ会長に敗れました。1995年の会長選では、フロレンティーノ・ペレス候補の事務局長を務めましたが、再び敗戦。ペレス会長の2期目の時代、2002年1月に役員に就任。以来、各部門での成功を分かち合ってきました。2005年にACBを制した際、バスケットボール部門の最高責任者を務めました。
2006年の会長選挙に立候補。ラモン・メンドーサ元会長の子息、フアン・メンドーサ氏を副会長に擁立。ミヤトビッチ氏をスポーツ部長、バルディーニ氏(ローマの元スポーツ部長)を技術部長に起用。7月2日の投票の結果、カルデロン候補は8,344票を獲得。パラシオス候補(8,098票)、ビリャル・ミル候補(6,702票)、サンス候補(2,377票)、バルダサノ候補(1,581票)を下して第18代会長に就任しました。
2006年−2007年のシーズン、ファビオ・カペッロ監督を招聘、カンナバーロ、ディアラやファン・ニステルローイなどで補強して就任1年目でリーグ優勝。2007年−2008年のシーズン、ベルント・シュスター監督を招聘、ペペ、エインセ、スナイデルやロッベンなどで補強して2年連続31回目のリーグ優勝。
|
|
|