ZINEDINE ZIDANE - BIOGRAPHY
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2005年7月14日−30日
2005年ワールドツアーに参加
16日間で2大陸の5都市(シカゴ、ロサンゼルス、北京、東京、バンコク)を訪れる2005年ワールドツアーに参加。7月29日のタイ・オールスター戦で先制ゴールを挙げました。
2005年8月3日−14日
イルドニング合宿に参加
2年ぶりのイルドニング合宿に参加。

2005年8月3日
フランス代表に復帰
ジダンは、自身のウェブサイトを通じてフランス代表に1年ぶりに復帰することを明かしました。ジダンは、2004年の欧州選手権ポルトガル大会を最後にフランス代表から引退しましたが、8月17日に行なわれるコートジボアールとの親善試合でレイモン・ドメネク監督率いるフランス代表に復帰。

「レイモン・ドメネク監督が、度々、私に会いにマドリードへやって来た。マケレレと私の復帰の可能性について話し合った。私の人生で、最も重要な局面の一つで、フランス代表でプレイすることを考え直した。その結果、復帰することを決心した。」とジダンは自身のサイトで示しました。「監督と話すことが重要だった。私の復帰についてじっくりと考え直した。詳細は触れないけど、チームに貢献したい。」と付け加えました。
2005年8月17日
復帰戦をゴールで飾る
ジダンは、モンペリエで行なわれたコートジボワールとの親善試合に先発出場してフランス代表に復帰。63分にゴールを挙げてフランスは3対0で快勝。また、マケレレとテュラムも先発出場してフランス代表に復帰しました。
2005年9月7日
3週間の戦線離脱
ワールドカップ欧州予選のアイルランド戦で右内転筋の裂傷と恥骨炎で3週間の戦線離脱に・・・(10月2日の1部リーグ第6節のマリョルカ戦の60分にグティに代わり出場して復帰。)

2005年10月12日
ワールドカップ欧州予選最終節で予選突破
ワールドカップ欧州予選最終節、スタッド・ド・フランスで行なわれたキプロス戦で先制ゴールを挙げてチームの勝利に貢献。フランスはグループ4首位でワールドカップ・ドイツ大会の出場権を獲得しました。

2005年10月13日
2005年FIFAワールドプレイヤーにノミネート
ジダンは、ロベルト・カルロス、ベッカム、ロビーニョ、ラウルやロナウドと共に2005年FIFAワールドプレイヤーにノミネートされました。受賞者は12月19日にチューリッヒで発表予定。

2005年10月24日
バロンドールにノミネート
ジダンは、ロベルト・カルロス、ベッカム、ロビーニョ、ラウルやロナウドと共にバロンドールにノミネートされました。受賞者は11月28日に発表予定。

2005年11月19日
クラシコでチームに復帰
恥骨炎のためリハビリを続けていたジダンは、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで開催のバルセロナとのクラシコでチームに復帰。

2005年12月18日
レアルマドリードで通算200試合出場を達成
1部リーグ第16節のオサスナ戦に出場してレアルマドリードで通算200試合出場を達成。

【ジダンのレアルマドリードでの出場記録】
リーグ:134試合(29得点)
コパデルレイ:14試合(3得点)
スペルコパ:4試合(0得点)
チャンピオンズリーグ:45試合(9得点)
スーパーカップ:1試合(0得点)
インターコンチネンタルカップ:1試合(0得点)

2005年12月22日
貧困撲滅チャリティマッチを開催
ロナウドと共にデュッセルドルフのLTUアリーナで貧困撲滅チャリティマッチを開催。

2005年12月26日
ベロニカ夫人が男の子を出産
ベロニカ夫人が男の子を出産。(エリアスちゃんと命名)ジダン夫妻にとって、エンソちゃん(レアルマドリード・アレビンB)、ルカちゃん、テオちゃんに次いで4人目の子になります。

2006年1月15日
初のハットトリックで勝利に貢献
ジダンは、1部リーグ第19節のセビリア戦で自身のキャリアで初のハットトリックを記録。レアルマドリードは4対2でセビリアを下しました。
2006年2月4日
ドブレーテで7連勝に貢献
サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで行なわれた1部リーグ第22節のエスパニョール戦でドブレーテを達成、チームの7連勝に貢献しました。

2006年3月14日
UEFAから表彰
チャンピオンクラブズカップ(現チャンピオンズリーグ)50周年を記念してUEFA(欧州サッカー連盟)より栄誉を称えて記念盾が贈られました。

2006年4月25日
現役引退を発表
ワールドカップ・ドイツ大会の後、”精神的疲労と失望”を理由にレアルマドリードとの契約を1年間残して現役引退することを発表しました。
2006年5月7日
ベルナベウで最後のリーグ戦
ジダンは、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで行なわれた1部リーグ第37節のビリャレアル戦で地元ファンに別れを告げました。ジダンは、66分、ベッカムのセンタリングをヘッドで合わせてベルナベウでの最後のリーグ戦でゴールを記録。

リケルメとユニフォームを交換。試合後、カサ・フアンで、兄弟、両親、親しい友人(フロレンティーノ・ペレス元会長を含む)など32名を招待して会食会を開催。
2006年5月15日
ワールドカップ・ドイツ大会のフランス代表メンバー入り
フランス代表のレイモン・ドメネク監督は、ワールドカップ・ドイツ大会の代表メンバー23名を発表。レアルマドリードからジネディーヌ・ジダンが代表メンバー入りしました。ジダンにとっては3回目のワールドカップになります。ジダンは、フランス代表で99試合に出場して28得点を記録。(キャプテンとして17試合に出場)フランス代表は、5月22日からティーニュで合宿。メキシコ、デンマークおよび中国と親善試合を予定。6月23日にジダンがサッカー界から引退することのないように、予選ラウンドでは、スイス、韓国およびトーゴと対戦します。

2006年6月13日
ワールドカップ・ドイツ大会に出場
フランス代表キャプテンのジダンは、6月13日のワールドカップ・グループリーグ第1戦のスイス戦に出場。試合はスコアレスドロー。6月18日のグループリーグ第2戦の韓国戦に出場。試合は1対1の引き分け。第3戦のトーゴ戦は累積警告で欠場。フランスは2対0で勝利、決勝トーナメント進出を果たしました。

6月27日の決勝トーナメント1回戦のスペイン戦に出場。ダメ押しゴールを挙げてチームの勝利(3対1)に貢献。準々決勝へ進出。7月1日の準々決勝のブラジル戦に出場。ジダンのフリーキックからアンリが決勝ゴールを記録。フランスが1対0でブラジルを下して準決勝へ進出。7月5日のポルトガルとの準決勝で決勝ゴールを記録。フランスは2大会ぶりに決勝へ進出。

7月9日のイタリアとの決勝戦に出場。フランスはジダンのPKで先制しましたが同点に追いつかれて延長戦へ。ジダンは109分にレッドカードで退場。思わぬ幕引きになりました・・・フランスはPK戦の末に敗れましたが、ジダンは準優勝で現役生活の有終の美を飾りました。

なお、ジダンは、2,012ポイントを獲得してイタリア代表のカンナバーロ(1,977ポイント)とピルロ(715ポイント)を抑えてゴールデンボール賞を受賞しました。

経歴
シーズン チーム リーグ カップ UEFA大会
出場試合 得点 出場試合 得点 大会種別 出場試合 得点
1988年−1989年 カンヌ(フランス) 2 0 - - -
1989年−1990年 カンヌ(フランス) 0 0 - - -
1990年−1991年 カンヌ(フランス) 28 1 - - -
1991年−1992年 カンヌ(フランス) 31 5 C3 4 0
1992年−1993年 ボルドー(フランス) 35 10 - - -
1993年−1994年 ボルドー(フランス) 34 6 C3 6 2
1994年−1995年 ボルドー(フランス) 37 6 C3 4 1
1995年−1996年 ボルドー(フランス) 33 6 C3 8 1
1996年−1997年 ユベントス(イタリア) 29 5 C1 10 2
1997年−1998年 ユベントス(イタリア) 32 7 C1 11 3
1998年−1999年 ユベントス(イタリア) 25 2 C1 10 0
1999年−2000年 ユベントス(イタリア) 32 4 C3 4 0
2000年−2001年 ユベントス(イタリア) 33 6 C1 4 0
2001年−2002年 レアルマドリード 31 7 7 2 C1 9 3
2002年−2003年 レアルマドリード 33 9 1 0 C1 14 3
2003年−2004年 レアルマドリード 33 6 5 1 C1 10 3
2004年−2005年 レアルマドリード 29 6 1 0 C1 8 0
2005年−2006年 レアルマドリード 29 9 4 0 C1 4 0
レアルマドリード合計 155 37 18 3 - 45 9
合計 505 95 - 105 18
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