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| RAUL GONZALEZ - BIOGRAPHY |
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| 2003年7月 |
| ”フェラーリ”・ラウル、メノルカ島でバカンス |
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ラウル・ファミリーは、夏のバカンスをメノルカ島で過ごしました。ラウルと同様にメノルカ島で休暇を過ごしていたモリエンテスと島内にあるサーキットでカートを楽しみました。
ちなみにレアルマドリードの選手が守らなければならないブルーブックでは、乗馬、カーレース、スキーや他の危険なスポーツを行うことが禁止されていますが、カートはその中に含まれていません。 |
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| 2003年7月12日 |
| ”最も一緒に飲みに出かけたい人物”に |
ラウルは、テレビ司会者のハビエル・サルダと映画監督のペドロ・アルモドバルを抑えて、『最も一緒に飲みに出かけたい人物』として、スペイン国内で圧倒的に支持されています。
スペインで最も人気のある人物のランキングを作成することを目的として、スペインのビールメーカーのためにイプソス・エコ・コンサルティングが行った「誰と飲みに行きたいですか?」と言うアンケート調査の結果です。文化、スポーツ、政治やテレビの分野で、認知度の高い1,300人がイプソス社が去る2月と3月に行ったアンケート調査でランクインしました。
アンケート調査の集計で19.6%が『最も一緒に飲みに出かけたい人物』としてラウルを支持。一方、16.2%はテレビ司会者のハビエル・サルダ、12.3%は映画監督のペドロ・アルモドバルを選びました。
レアルマドリードのフォワード、ラウルが、また、17自治州のうちの8つで、『最も一緒に飲みに出かけたい人物』として選ばれたことがアンケート調査で浮き彫りになりました。アラゴン、バレアレス、カスティーリャ・ラマンチャ、エクストレマドゥーラ、ガリシア、マドリード、ムルシアとバレンシアの8つの自治州です。
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| 2003年7月24日−8月11日 |
| プレシーズンのアジア遠征に参加 |
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新キャプテンのラウル率いるレアルマドリードは、クラブ史上初のアジアでプレシーズンを送りました。中国の昆明にある紅塔スポーツセンターが合宿地。その後、北京、東京、香港、バンコクで、地元チームと親善試合で対戦。
記者会見で、ラウルは、「僕達は、スペルコパで始まりますが、今シーズン、多くのタイトルを取ることを願っています。とても長いシーズンを幸先良くスタートすることとなるでしょう。」と新たなシーズンへの抱負を語りました。
イエロからキャプテンを引き継いだラウルは、「確かなことは、今、僕が、第1キャプテンと言うことですが、昨シーズンととても似た状況です。だからと言って、僕に先発出場が与えられるわけではありません。他の選手のように、戦う必要があるでしょう。キャプテンになると言うことは、新しい選手や若手選手を手助けすることを意味します。他のキャプテンと共にする任務です。」と述べました。 |
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| 2003年8月24日/27日 |
| スペルコパを制覇 |
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リーグ優勝のレアルマドリードは、コパデルレイ優勝のマリョルカとスペルコパで対戦しました。
ソン・モイでの第1戦を1対2で落としたレアルマドリードは、第2戦、サンティアゴ・ベルナベウでマリョルカを3対0で下しました。
レアルマドリードは、4対2(2試合合計)でマリョルカを退けて通算7度目となるスペルコパのタイトルを獲得しました。ラウルは、第2戦で先制ゴールを挙げる活躍でした。
ラウルは自身3度目のスペルコパのタイトルを獲得しました。 |
【スペルコパ第2戦】
出場選手
GK:カシーリャス
DF:サルガド、ラウル・ブラボ、エルゲラ、ロベルト・カルロス
MF:カンビアッソ、ベッカム、フィーゴ(ソラリ、88分)、ジダン
FW:ラウル(グティ、70分、ポルティーリョ、85分)、ロナウド
結果
レアルマドリード 3−0 マリョルカ
得点
1−0(ラウル、44分) 2−0(ロナウド、52分) 3−0(ベッカム、73分)
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| 2003年10月11日 |
| 2004年欧州選手権予選でプレイオフへ |
2004年欧州選手権予選最終節、スペインは、アルメニアを4対0で下しましたが、グループ2位に終わりプレイオフに回ることとなりました。ラウルは、予選で8試合に出場して7得点を挙げました。
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| 2003年10月22日 |
| レアルマドリードOB選手協会から勲章を授与 |
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レアルマドリードOB選手協会から金とダイヤモンド製の勲章を授章。これは、同協会に対するラウルの長年の支援に感謝の意を表するため。式典には、共に、栄誉を称えることを望んだ多くのOB選手が出席。
この式典は、マドリード市内にあるバスク料理の高級レストラン、チストゥで開催されました。(問題のリーグ優勝祝勝会があったレストラン)ラウルの両親であるマリサさんとペドロさん、マメン・サンス夫人、マヌエル・レドンド総合部長、ホルヘ・バルダーノ総合部長、OB選手のアマンシオ、ガリェゴ、サンティリャーナ、ブトラゲーニョ、パチン、ソーコ、サンタマリア、サンチェス・バリオス、サン・ホセ、イシドロ、チェンド、アティエンサ、ペレス・パーヤが出席しました。 |
勲章を贈呈した後、アルフレド・ディ・ステファノ名誉会長は、レアルマドリード及び同協会に対するラウルの支援に感謝の意を表しました。「我々の希望は、これまで達成してきたものを更に成功へと導くこと、レアルマドリードを、引き続き、世界中に引っ張っていってもらうことにある。」と述べました。また、ディ・ステファノ名誉会長は、ひょうきんな口調で、「これ(勲章)でもって、引き続き、協会に対して立派な行動を取ってくれるだろう。。。」と述べてラウルを困らせていました。
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| 2003年11月2日 |
| 契約更改 |
レアルマドリードと2010年まで契約更改。(年俸1,200万ユーロ)「僕達が、合意に達したことにとても満足しているけど、未だ、新契約にサインをする必要がある。とても嬉しく感じている。当初から、僕の夢と意思は、いつも、レアルマドリードでキャリアを終えることにあった。両者が行った努力を高く評価する必要がある。僕達が、予め知らせていたので、判断がとても迅速に行われた。」とコメント。
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| 2003年11月19日 |
| 欧州選手権ポルトガル大会の出場権を獲得 |
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欧州選手権プレイオフでスペインは、ノルウェーを5対1(2試合合計)で下して、2004年欧州選手権ポルトガル大会の出場権を獲得しました。
スペイン代表のキャプテンであるラウルは、プレイオフ第1戦で同点ゴール、第2戦で先制ゴールを挙げる活躍で、2004年欧州選手権ポルトガル大会の出場権獲得に大きく貢献しました。欧州選手権予選で5得点(8試合)、プレイオフで2得点(2試合)を挙げました。
【国際大会予選での成績】
1998年ワールドカップ予選:9試合(1得点)
2000年欧州選手権予選:8試合(11得点)
2002年ワールドカップ予選:8試合(4得点)
2004年欧州選手権予選:10試合(7得点) |
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| 2003年11月20日 |
| ラウル・ゴンサレス・ブランコ・スタジアムがオープン |
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ラウルは、レイ・フアン・カルロス大学(URJC)がフエンラブラーダ・キャンパスに持つスタジアムにその名を刻むこととなりました。
URJCによりますと、スポーツ施設には、陸上競技トラック、国内及び国際大会の試合に応えられる天然芝のサッカー場が含まれています。ラウル・ゴンサレス・ブランコ・スタジアムは、マドリード南部に位置。
この披露式を記念して、URJCチーム(35歳以上の人で構成)とレアルマドリードOBチーム(ブトラゲーニョ、ガリェゴ、マルティン・バスケス、チェンドなど)との間で親善試合が行なわれました。 |
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| 2004年1月3日 |
| 1部リーグ通算164得点で歴代得点ランキング3位に |
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サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで行なわれた1部リーグ第18節のムルシア戦でゴールを挙げて1部リーグ通算164得点としてウーゴ・サンチェスの記録と並び、歴代得点ランキング3位に浮上しました。 |
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| 2004年2月18日 |
| スペイン代表出場記録でブトラゲーニョに並ぶ |
バルセロナのオリンピコ・ルイス・コンパニス・スタジアムで行なわれたペルーとの親善試合に出場してスペイン代表で通算69試合出場を達成。ブトラゲーニョの記録に並びました。
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| 2004年3月17日 |
| コパデルレイ決勝戦でサラゴサに敗退 |
コパデルレイ決勝戦でサラゴサに延長戦の末、2対3で敗れました。ラウルは、7試合で6得点を記録。
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| 2004年3月24日 |
| チャンピオンズリーグ通算出場記録で単独首位に浮上 |
サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで行なわれたモナコとのチャンピオンズリーグ準々決勝第1戦で通算86試合出場を達成、チャンピオンズリーグ通算出場記録で単独首位に浮上しました。
【チャンピオンズリーグ・通算出場ランキング】
1.ラウル・ゴンサレス(レアルマドリード):86試合
2.ガリー・ネビル(マンチェスター・ユナイテッド):85試合
3.ロベルト・カルロス(レアルマドリード):83試合
【チャンピオンズリーグ・通算得点ランキング】
1.ラウル・ゴンサレス(レアルマドリード):44得点
2.ルート・ファン・ニステルローイ(マンチェスター・ユナイテッド):34得点
3.アレサンドロ・デル・ピエロ(ユベントス):32得点
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| 2004年5月1日 |
| 1部リーグ通算350試合出場達成 |
リアソールで行なわれたデポルティーボ戦で1部リーグ通算350試合出場を達成。ラウルは不発に終わりチームは0対2で完敗。
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| 2004年6月12日 |
| 欧州選手権ポルトガル大会に出場 |
2004年6月12日からポルトガルで開催の欧州選手権に出場。
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| 経歴 |
| シーズン |
チーム |
リーグ |
カップ |
UEFA大会 |
| 出場試合 |
得点 |
出場試合 |
得点 |
大会種別 |
出場試合 |
得点 |
| 1994年−1995年 |
レアルマドリード |
28 |
9 |
2 |
1 |
- |
- |
- |
| 1995年−1996年 |
レアルマドリード |
40 |
19 |
2 |
1 |
C1 |
8 |
6 |
| 1996年−1997年 |
レアルマドリード |
42 |
21 |
5 |
1 |
- |
- |
- |
| 1997年−1998年 |
レアルマドリード |
35 |
10 |
1 |
0 |
C1 |
11 |
2 |
| 1998年−1999年 |
レアルマドリード |
37 |
25 |
2 |
0 |
C1 |
8 |
3 |
| 1999年−2000年 |
レアルマドリード |
34 |
17 |
4 |
0 |
C1 |
15 |
10 |
| 2000年−2001年 |
レアルマドリード |
36 |
24 |
1 |
0 |
C1 |
12 |
7 |
| 2001年−2002年 |
レアルマドリード |
35 |
14 |
6 |
6 |
C1 |
12 |
6 |
| 2002年−2003年 |
レアルマドリード |
31 |
16 |
2 |
0 |
C1 |
12 |
9 |
| 2003年−2004年 |
レアルマドリード |
35 |
11 |
7 |
6 |
C1 |
9 |
2 |
| 合計 |
|
353 |
166 |
32 |
15 |
- |
87 |
45 |
|
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