RAUL GONZALEZ - BIOGRAPHY
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『ラウルにあこがれて−スペインサッカー少年の夢』は
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1999年7月1日
結婚
22歳のラウルは、2歳年上のマメン・サンスさん(スーパーモデル、元ミスマドリード)と結婚しました。

結婚式は、マドリード郊外のビリャフランカ・デル・カスティーリョにあるハイメ・リベラの豪邸で400人が招待されて行われました。ラウルとマメンさんは、既に、1年間、同棲していましたが、マメンさんは、両親の家からウェディングドレスで来ました。

結婚式は、ビリャヌエバ・デ・ラ・カナダの司祭により祝福されました。400人の招待客の内、40人だけが参列することができて、その他の招待客は、レストランのエネルドにより準備された宴会が催された素晴らしい庭園に設置のスクリーンで式典を眺めることとなりました。

約100人の警備員がガード、また、警察官の交通整理が行われていました。付近は、メルセデス、ボルボ、BMW、ジャガー、ロールスロイスなど招待客の自動車により、”モーターショー”の様相を呈してました。
1999年10月10日
2000年欧州選手権予選で得点王に
2000年欧州選手権予選最終節、既に本大会出場を決定しているスペインは、イスラエルを3対0で下しました。ラウルは、この試合でもダメ押しとなる3点目のゴールを入れて、予選8試合で11得点を記録しました。

1999年10月13日
カンプ・ノウでのクラシコでゴールを挙げて
レアルマドリードは、リーグ第7節、カンプ・ノウでバルセロナと対戦しました。レアルマドリードは開幕から4勝2分、一方、バルセロナは開幕から6連勝。試合は、序盤からレアルマドリードが優勢で27分にラウルのゴールで先制。しかしながら、2分後、リバウドが同点ゴールを記録。

前半終了間際、主審のディアス・ベガは、セルジのゴールライン上でのハンドによるペナルティを見過ごしました。フィーゴのゴールでバルセロナが勝ち越しに成功。バルセロナの勝利と思われましたが、86分、ラウルが同点ゴールを記録。カンプ・ノウの10万人の観衆を沈黙させたあのジェスチャーが思い出されます・・・
2000年1月17日
1部リーグで通算200試合出場を達成
サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムで行なわれた1部リーグ第20節のマリョルカ戦で1部リーグ通算200試合出場を達成。83分、勝利(2対1)に繋がる同点のゴールを挙げました。

2000年2月25日
第一子、ホルヘ君の誕生
結婚から7ヵ月後、マメンさんが可愛らしい男の子を出産しました。男の子は、ホルヘ君と名付けられました。ラウルとマメンさんは、ホルヘと言う名前を付けたことを唯単に気に入っていたからとコメントしていました。

しかしながら、その名前を選んだ別の理由があったと推測されていました。と言うのも、ラウルをレアルマドリードのトップチームの選手に引き上げた嘗てのバルダーノ監督の名前と同じであったため。

2000年4月15日
1部リーグで通算100得点を達成
ラ・ロマレーダ・スタジアムで行われた1部リーグ第33節のサラゴサ戦の85分、ラウルは、PKを決めて1部リーグ通算100得点を達成。ラウルは、1年前もラ・ロマレーダで”ラウル風”ループシュートを決めていました。

なお、ラウルの1部リーグでのデビュー(1994年10月29日)は、ラ・ロマレーダでのサラゴサ戦でした。ラ・ロマレーダは、ラウルにとってタリスマン(不思議な効果を生み出す打ち出の小づち)と言えるでしょう。

2000年5月24日
チャンピオンズリーグを制覇
1999年−2000年のチャンピオンズリーグは、史上初となる同一国のクラブにより決勝戦が行われました。

サン・ドニ(パリ)で行われたチャンピオンズリーグ決勝戦でバレンシアを3対0で下して、ラウルは自身2度目のタイトルを獲得しました。

ラウルは、このシーズンのチャンピオンズリーグで15試合に出場して10得点を挙げてタイトル獲得の立役者となりました。

出場選手
GK:カシーリャス
DF:サルガド(イエロ、84分)、イバン・カンポ、エルゲラ、カランカ、ロベルト・カルロス
MF:マクマナマン、レドンド、ラウル
FW:アネルカ(サンチス、79分)、モリエンテス(サビオ、71分)

結果
レアルマドリード 3−0 バレンシア

得点
1−0(モリエンテス、38分) 2−0(マクマナマン、66分) 3−0(サビオ、74分)

2000年6月13日−25日
2000年欧州選手権ベルギー・オランダ大会に出場
2000年欧州選手権ベルギー・オランダ大会でホセ・アントニオ・カマチョ監督によりチームメートのイエロ、サルガド、カシーリャスと共にスペイン代表に招集されました。

スペインは、初戦、ノルウェーに0対1で敗れましたが、第2戦、ラウルとエチェベリアのゴールでスロベニアを2対1で下しました。第3戦、ユーゴスラビアを4対3で逆転で下してグループリーグを首位で通過しました。

スペインは、準々決勝で1998年ワールドカップ・チャンピオンのフランスと対戦。1対2でリードされたスペインは、終了間際にPKのチャンスを得ました。しかしながら、ラウルの放ったシュートは、無情にもバーの上を越えるミスキックとなり同点のチャンスを逸しました。結局、スペインは、フランスに1対2で敗れて準々決勝で敗退。

ラウルは、本大会では1得点に終わりましたが、予選からの活躍が高く評価されてUEFA選出の2000年欧州選手権オールスターに選出されました。
経歴
シーズン チーム リーグ カップ UEFA大会
出場試合 得点 出場試合 得点 大会種別 出場試合 得点
1994年−1995年 レアルマドリード 28 9 2 1 - - -
1995年−1996年 レアルマドリード 40 19 2 1 C1 8 6
1996年−1997年 レアルマドリード 42 21 5 1 - - -
1997年−1998年 レアルマドリード 35 10 1 0 C1 11 2
1998年−1999年 レアルマドリード 37 25 2 0 C1 8 3
1999年−2000年 レアルマドリード 34 17 4 0 C1 15 10
合計 216 101 16 3 - 42 21
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