| バルボア/Javier Angel Balboa Osa |
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赤道ギニア代表のミッドフィールダー(右エクストレーモ)。レアルマドリードの下部組織出身。スピード、強靭さ、ドリブル能力を兼ね備えた選手。特に、その突破力は相手ディフェンダーには脅威。ボールを持って走り出したら止まりません。
レアルマドリードCを1年で通過、2005年−2006年のシーズンにレアルマドリードB(現RMカスティーリャ)へステップアップ。中盤右サイドでフアンフランを超える逸材との声も・・・2006年−2007年のシーズン、ラシン・サンタンデールへ1年間のレンタル移籍。ポルトゥガル監督(前RMカスティーリャ監督)の指揮下でプレイ。2008年−2009年のシーズン、ポルトガルのベンフィカへ移籍。 |
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| Curiosity |
疑いの余地はありませんが、1960年代、サンタ・イサベル(現マラボ)の最良の市長はアビリオ・バルボア・アトキンスでした。スペイン領だった当時の街ではサッカーが盛んに行なわれていました。サンタ・マリア・スタジアムがサッカーやボクシングの試合の舞台にならない週末はありませんでした。
事実、サッカーに貢献したのはアビリオ・バルボアの3人の息子達でした。ノルベルト、アルマンドとチキは優れたサッカー選手でしたが3人の中で一番注目されたのがチキでした。スピード、テクニック、得点能力を兼ね備えた選手は、フベントゥード・デ・ビアフラやギニア代表で一時代を築きました。
しかしながら、サッカーをプレイすることに加えて、アルマンドとノルベルトは、ギニアの独立のため、アタナシオ・ンドンゴ・ミヨネが率いる赤道ギニア解放国民運動の兵士として戦っていました。(アタナシオ・ンドンゴ・ミヨネは、独立後、フランシスコ・マシアス大統領の反体制派として暗殺。)
反体制派の粛清の嵐がアルマンドやノルベルトにも襲い掛かりました。その後、バルボア家は一家離散してスペインへ渡りました。アルマンドの娘のアリシアは、バルセロナの監督だったドミンゴ・バルマンヤの長男と結婚しました。ノルベルトの長男のリカルドはマドリードに居を構えてプリフィカシオン(家では”マミー”)と結婚しました。そして、ハビエル・バルボア・オサが生まれました。
ハビエルは、14歳の時にレアルマドリードの下部組織に加入しました。「両親のお陰でこうしていられる。」と常々繰り返しています。現在、リカルドは警備員の職に就き、時間がある時に自宅があるアルカラ・デ・エナレスからラスロサスまで練習での息子の様子を見に来ています。
カンテラで6年目のバルボアは、チームメートの中でも人気者。既に、”ロッキー・バルボア”のニックネームが付いています。今夏、赤道ギニア代表に招集されました。憧れの選手はロナウジーニョ。レアルマドリードではロナウド。アンリにも注目。ビシクレータはデニウソンのプレイを見てから始めました・・・[2005年9月]
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| 2003年−2004年 |
レアルマドリード・フベニールAでプレイ。キケ・サンチェス・フローレス監督の下でプレイ。2004年4月17日にアルバセテを4対2で下してリーグ優勝を達成。勝利を決めるゴールを挙げました。6月15日のエスパニョールとのコパデルレイ・フベニーレス準決勝第1戦に出場、チームは2対1で勝利。6月20日の第2戦に出場、チームは1対3で敗れて決勝進出はなりませんでした。
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| 2004年−2005年 |
レアルマドリードC(3部リーグ・グループ7)へステップアップ。2004年8月18日のトップチームとの練習試合に出場。8月29日の3部リーグ・グループ7開幕戦のアトレティコ・ピント戦に先発出場して3部リーグでデビュー・・・12月19日の3部リーグ・グループ7第17節のサン・フェルナンド戦で先制ゴール、勝利に貢献。
2005年4月30日の3部リーグ・グループ7の第34節のアトレティコ・アビアシオン戦でシーズン2点目のゴールを挙げましたがチームは2対3で逆転負け。6月23日のラヨ・マハダオンダとのコパ・コムニダード決勝に出場。バルボアの活躍もありチームは2対0で勝利、タイトルを獲得しました。
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| 2005年−2006年 |
レアルマドリードB(現レアルマドリード・カスティーリャ)へステップアップ。2010年まで契約更改。2005年7月26日、ラスロサスでプレシーズンを開始。8月3日のタラベラとの親善試合に出場。レアルマドリード・カスティーリャでのデビュー戦で先制ゴールを挙げて存在感をアピール。8月6日のバダホスとの親善試合に出場。8月10日もサモラとのシウダード・デ・サモラ杯に出場。8月13日のベシンダリオとのテイデ杯準決勝に出場。
8月15日のテネリフェとのテイデ杯決勝に出場、ダメ押しゴールを挙げて大会制覇に貢献。8月19日のレバンテとの親善試合に出場。8月21日のコルドバとの2016年コルドバ杯に出場。8月27日のヘレスとの2部リーグ開幕戦に出場、2部リーグでデビュー・・・9月4日の2部リーグ第2節のエルクレス戦でバルボアが起点となるプレイからソルダードが先制ゴール。2部リーグ初勝利に貢献。ロビーニョ風のビシクレータを披露・・・
”35番”でチャンピオンズリーグで選手登録。9月22日の1部リーグ第4節のアスレチック戦に招集。10月11日のサラゴサとのカルロス・ラペトラ杯に出場、トップチームでデビュー・・・10月26日の1部リーグ第11節のデポルティーボ戦の52分にベッカムに代わり出場して1部リーグでデビュー・・・12月6日のチャンピオンズリーグ・グループステージ第6節のオリンピアコス戦に出場。UEFA大会でデビュー・・・
12月21日の1部リーグ第17節のラシン・サンタンデール戦に出場。12月30日のアトレティコ・マドリードとの親善試合に出場、ソルダードの先制ゴールをアシスト。2006年1月3日のアスレチックとのコパデルレイ決勝トーナメント1回戦第1戦に出場。2月4日の2部リーグ第23節のエルクレス戦でカウンターからソルダードの決勝ゴールを生む絶妙なアシストを記録。右足外転筋の収縮のため2週間の戦線離脱・・・
3月1日のトップチームとの練習試合に出場。3月5日の2部リーグ第27節のバリャドリード戦から復帰するものの怪我を再発。1ヶ月の戦線離脱・・・4月15日の2部リーグ第33節のエルチェ戦から復帰。5月16日の1部リーグ第38節のセビーリャ戦に招集。5月21日の2部リーグ第38節のマラガB戦で2部リーグ初ゴールを記録・・・2部リーグで32試合(1得点)に出場してシーズンを終了。6月、バリャドリードが関心・・・
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| 2006年−2007年 |
2006年7月12日、トップチームに招集されてバルデベバスでプレシーズンを開始。7月17日からのトップチームのイルドニング合宿に参加。7月21日のプリマス・アーガイルとの練習試合に出場。7月25日のATVイルドニングとの練習試合に出場。7月29日のフラムとの練習試合に出場。8月7日からのトップチームの米国遠征に参加。8月10日のDCユナイテッド戦に出場。8月12日のレアルソルトレイク戦に出場。
8月18日、ラシン・サンタンデールへ1年間のレンタル移籍。8月27日の1部リーグ第1節のアトレティコ・マドリード戦に出場。ラシン・サンタンデールの公式戦でデビュー・・・12月16日の1部リーグ第15節のマリョルカ戦で決勝ゴールを記録。1部リーグで初ゴール・・・2007年7月、レアルマドリードへ復帰。7月20日、2011年まで契約更改。
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| 2007年−2008年 |
2007年7月21日、バルデベバスでプレシーズンを開始。7月22日からのイルドニング合宿に参加。8月3日のロシア鉄道杯準決勝のロコモティフ・モスクワ戦で1ゴールを記録。8月16日のカランサ杯3位決定戦のカディス戦で1ゴールを記録。8月31日、24番で選手登録。9月9日のアフリカネーションズカップ予選のカメルーン戦に出場。10月24日のチャンピオンズリーグ・グループステージ第3節のオリンピアコス戦で1ゴールを記録。
12月19日のアリカンテとのコパデルレイ決勝トーナメント1回戦第1戦で同点ゴールを記録。1部リーグで6試合(85分)のみ出場。2008年6月25日、レアルマドリードはバルボアの移籍でベンフィカと合意に達したことを発表。契約期間は4年間。(買い戻しオプションを保有)移籍金は450万ユーロ。
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